ロバート・イースターレイ及びジョン・ウィルブラハム共著
メルボルン:メルヴィル&ミューレン&スレイド書房
ロンドン:ハッチンスン出版(株)
(C) 1892
キンバリー原注1という地名を初めて聞いた際、これから述べる奇妙な事物――わたしが数年前にその近郊で目撃したもの――のことは全く連想できなかった。しかし去年の夏のある日、その土地柄に関する会話をたまたま耳にして、以前わたしが異常極まる状況下で訪れた場所がキンバリーという地名だと知ったわけなのである。ジャック・ウィルブラハムとわたしはギプスランドのホテルに、半ば観光旅行、半ば仕事でしばらく滞在していた。しかしながら実際には何日か経つうちに仕事はおろそかになっていた。正確に言えば、わたしたちは仕事をバーンズデイルに残して、南のほうへ遊びに来ていたのだった。
天気は心地よく、昼間は薄いシルクのコートで過ごせるほど暖かで、夜の寒さもせいぜい毛布を2枚重ねれば充分な程度だった。わたしたちは乗馬や海水浴を楽しみ、またそれに飽き足らずヨット遊びや釣りにも手を出した。わたしたちの前には海があり、昼夜ともに潮騒が聞こえてきた。後ろには湖があり、湖の真ん中へと半島が伸び出していた。半島を縦断するようにラ・トローブ川が流れ、湖へと注いでいた。この川の少し上流にはセールがあった。スノーウィ川やもっと未開な地域に向かう駅馬車が週3回、ホテルの前を通っていった。数シリングもあればタイヤーズ湖に出かけて、かの有名なホークスベリーに匹敵する景観を満喫することもできた。そしてまた、スズミツスイやゴムの木や潮騒に飽きてしまったならば、湖や川を渡り、鉄道に乗って1日の旅程でメルボルンに行くこともできた。
わたしたちは早寝早起きし、一日中外出するのが習慣となった。食事はたいてい食堂で取った。この部屋は天井が低いわりに細長い間取りで、換気は良かったが照明が貧弱で昼も夜も薄暗かった。たまに寒くて外に出られない日があると、
ジャックとわたしは話し手というより聞き手で、たいがいは早めに自室に引き上げた。だが、ある晩のこと、北西部に新しくできた金鉱地の件で話がはずんだ。そうこうするうち、おそらくはそこから帰ってきたと見える峻厳な感じの
「いいや」とジャックは答えた。「たぶん50マイルかそれ以上離れてるだろう。けど、どうかな。説明があいまいだったし、案外すぐ近くかもしれない。本人なら行き着けるんだろうが」
「そうだな」とわたし。一拍置いて「ジャック、あの山男たちは道すがら目に入るものを全く見ていないんじゃないか? 特に、ぼくらが知っている目印になる地形は全く見てないようだ」
「仕方がないさ。」とジャックはつぶやき、砂浜に腰を下ろした。わたしを隣に座らせてから彼は言った。「ボブ。例の件を今まで口にしなかったのはなぜだい?」
「なぜかって? そんなことをしたらぼくは精神病院にぶち込まれて、誰も身元を引き受けてくれないだろうからね。そして下手をするときみも一緒に閉じ込められることになる」
「本気にされればの話さ」とジャック。「誰も本気にはしないよ。空想力豊かな作り話と思われるだけさ」
「それも困る。どうすればいいんだろう?」
「しゃべらないことさ」とジャックは答えた。そして言い直した。「しゃべるんじゃなく、書くことさ。そうすればいつかは信じてもらえる日も来る。ウェルギリウスに、象牙の門に関する詩句があるだろ? あれを処世訓にすれば気違いと思われることはない。きみには文才があるから、やってみるべきだよ」
「なるほど」とわたし。「共同執筆にしないか? ベストは尽くすから」
それからわたしたち2人はパイプを吸ってホテルに帰った。歩きながらごく簡単に打ち合わせをした。そしてわたしは原稿を書いた。ジャックが原稿を読み、記憶力を発揮して訂正や補足をした。本稿は2人の体験談であり、2人の認識が完全に合致していることだけが書かれている。そのためどちらか片方が主体となっている部分についても、文責は2人にあると言うべきだろう。
そのような経緯で、本稿は2人の共著であるが、1人称で書かれている部分もある。
原注1;キンバリー(Kimberley):オーストラリア北西部の地名。