Alien Equivalent by Richard R. Smith
狭い路地から姿を現したチェスター・ファレルは、有刺鉄線のフェンスの前で足を止めた。
彼の背後には火星人の都市がそびえていた――異様な物音と奇怪に角ばった建物、鼻につんと来る匂い、そして暗い影の混合物だ。
ファレルの前方、フェンスの向こう側には三隻の宇宙船が満天の星空に舳先を向けて立っていた。赤い砂漠の上で身を休めるスマートな船体は、星の光の下で鈍く輝いていた。
ポケットに手を入れ、金に手を触れると生き返るような気がした。要するに、彼はようやく地球行きの船賃を貯めたのである。
ファレルの眼は地球の輝きを求めて天空を見回した。
地球! それ自体、地球という天体自体にさほどの意味があるわけではなかった。海も、山も、谷も、森も、彼の望郷の念を掻き立てはしなかった。
彼は目を閉じてクリーヴランドの我が家を、褐色の髪の愛妻を、ぽっちゃりとした顔の愛息子のことを想った。自分に優しく触れるほっそりとした指の感覚を、家の中をよちよちと歩き回る小さな姿を想った。
三年前、ファレルはルイーズとサミーを地球に残して、一財産を作るべく火星に来たのだ。
運試しは失敗に終わった。《火星採鉱会社》は、火星の鉱物を地球に輸出して莫大な利益を上げていたにも関わらず、給料の支払いは渋かった。
単純な話だ。政府は火星の開発を進めるために、会社は鉱山で働く人間を確保するために、植民者を求めていた。政治的な思惑と商売上の方策が複合し……火星行きの運賃はたった百ドルだが地球に戻る船賃は千ドルという罠が生まれた。
高い生活費と低い給料。九割九分の人々は火星に縛り付けられざるを得なかった。
ファレルが家族と再会するのに必要な金額を貯めるのに三年かかった。
宇宙船の構造を知ると彼の心は苦々しさで満ちた。船殻の中を仕切る隔壁は可動式で、任意の大きさの貨物用コンテナや旅客用コンパートメントを積み込めるようになっていた。
今回の航宙で、ファレルは唯一の旅客として棺桶のようなコンパートメントを独り占めし、船内の残りのスペースは高価な鉱石で充填されることになっていた。
船が再び火星に向かう時には、旅客用のスペースは拡張され、装飾され、居心地よく仕立て上げられるはずだ。プロパガンダを吹き込まれ、偽りの希望に燃える植民者が何百人と満載され、経済的な罠の中に飛び込んで行くのだろう。
フェンスに沿い、宇宙空港の管理棟に向かって歩き出した時、ファレルは背後に微かな物音を聞いた。
赤い砂の上で何かが動く音だ。
動物か?
彼は管理棟のわずかな明かりを不安そうに一瞥した。希薄な大気の中で、光は思っているより遠くまで届く。明かりは一見近いように見えたが、実際には十五分ほど歩かないといけない距離だと彼は知っていた。
背後で再び音がした。
気のせいか?
それとも火星人か?
いや、苦し気な呼吸音が、その主が地球人だと告げていた。
その音が背中のすぐ近くまで迫ったのを感じたファレルは横に飛び退いた。
だが遅すぎた。何かが側頭部に激突し、頭蓋骨の中でまばゆい光が踊り回った。
ファレルは転倒し、激痛のあまり柔らかな砂の上で七転八倒した。
なんとか顔を上げた彼は、襲撃者をようやく目で捉えた。がっしりとした、たくましい男で、手にはブラックジャックをだらりとぶら下げていた。
立ち上がろうとしたが、自分の膝が顎にぶつかった。ファレルは再び地面に倒れた。
男がファレルにのしかかり、砂上に押さえつけた。
相手のきつい体臭がファレルの鼻腔を満たした。
ナイフが彼の喉元にそっと押し付けられた。鋭い刃が星の光できらめいた。
「金はどこにある?」と男が口を開いた。「時間を無駄にするな。吐け」
あまりに動転していたファレルは声を出すことができず、目線でコートのポケットを示した。
襲撃者はファレルのポケットから金を奪うと、ナイフを持ったまま、なんとか取り落とさないように手早く数えた。
男は満足した様子でポケットに札束をしまうと、犠牲者に致命的な一撃を加えようとナイフを振り上げた。
両腕を相手の膝で押さえ込まれたファレルにとって、我が身を救う手段は一つしかなかった。口先だ。
「金ならその五倍は手に入るぞ」と、彼は言葉を詰まらせながら早口で言った。
効き目はあった。ナイフの切っ先が揺らめき、ためらった。もし彼が「殺さないでくれ!」とでも叫んでいれば即座に殺されていただろうが、この一言は襲撃者の好奇心を掻き立てたようだった。
「五倍だと?」と男はぶっきらぼうな口調で繰り返した。
フォボス――二つある衛星のうち大きくて地表に近い方――が暗い空を目で見て分かるほどの速さで昇って来た。突如として彼らのいる場所は建物の陰ではなくなった。フォボスの月光が襲撃者の顔を照らし出し、ファレルは初めて相手の顔をはっきりと目にした。
荒削りで、ほとんど野蛮人のような顔。厚い唇。獰猛な目。折れた鼻。そしてもじゃもじゃした太い眉。
「五千ドルにはなる」とファレルは追撃した。
「どこで手に入る?」
「ダンコール・シティ。ラーカルって聞いたことがあるか? 火星人のゲームだ」
男は顔をしかめた。「ああ、聞いたことはある。だが地球人で勝ったやつはほとんどいねえって話だぞ」
「俺は勝ったぞ」とファレル。「勝って、五千は稼いだ。大半は使っちまったが、地球に帰るぶんの千だけは残しておいたんだ。俺を殺さないでくれるなら、もう一回五千ドルを稼いでやる」
相手の口から小馬鹿にしたような笑いが漏れた。ナイフが再び喉元に近付けられた。「騙そうとしてるとしか思えねえな」
「騙す? どうやって? ダンコールは地球人立ち入り禁止だ。お前と俺だけが……」
男は首を傾げて尋ねた。「お前、ダンコールに火星人の友だちでもいるのか?」
ファレルは「火星人の友だち」という概念に内心吹きださずにはいられなかった。
襲撃者の顔からは疑惑の色が薄まりつつあった。
火星人の友だちがいる地球人などというものは存在しない。それが常識だった。火星人は、衰退しつつあるが誇り高い種族だった。彼らは地球人を憎んでいた。そして嫌々ながら従っていた。火星人が地球人と交際することはなかった。そんな愚行をした火星人は社会的地位を喪失し、おそらくは狂信的な反地球グループの手によって命をも失うことになるだろう。
火星人は地球からの植民者の波に逆らえなかった。彼らの人口はごく少なく、他に選択肢がなかったのである。火星人は内心では地球人を憎悪しており、機会さえあれば火星から全ての地球人植民者を追い出したいと考えていた。
襲撃者が五千ドルという大金について思いを巡らせている間、ファレルの頭は高速で回転した。どうやって逃げよう? 自分の身体は相手の全身で押さえ込まれ、動くことはままならなかった。助けを呼ぶ? 彼はその考えをすぐに捨てた。片側は火星人の都市、もう一方は宇宙港だった。自然石でできたビル群には異星人が住んでいた。もし自分が助けを求めたら、彼らは建物から出て来て自分の死を見物するかもしれないが、決して手助けしてくれることはないだろう。そしてもう一方の宇宙港はほとんど無人に近く、叫び声を聞いて駆けつけてくれる者がいるとは期待できなかった。
打つ手は何もなかった。
「チャンスをやる」と襲撃者は立ち上がりながら言った。「五千ドル稼いでくるなら、千ドルと命は返してやる」
そして男はナイフを鞘にしまうと代わりにずんぐりしたブラスターをポケットから取り出した。「下手な真似をしたら、真っ二つにしてやるからな。音がうるさいからなるべく使いたくはないが……」と男は途中で言葉を切ったが、その身振りだけで文章は完成したようなものだった。
「タクシーで行こう」ファレルはよろよろと立ち上がり、服から赤い砂を払い落しながら言った。
「ダメだ」
「歩いて行けば一時間はかかるが」とファレルは穏やかに反論した。
「構わねえ」と男が答えた。「歩こう。なるべく人通りの少ない道を行くぜ」
ファレルが前、男が後を歩いた。二人は宇宙空港に隣接した火星人の小都市を通り抜け、わずかな幅の砂漠を渡ってダンコール運河に向かった。
二人は運河に沿って北に向きを変え、巨大な水路の壁を構成する風化しつつある巨大な石の上を歩いた。
彼らの足元数千フィートでは濁流がごうごうと音を立てて、南へ――火星の農業地帯へ向かっていた。澄んだ大気の中で、十マイル離れた運河の対岸が細く黒い線として見えていた。
「あんた、名前は?」ファレルが突然聞いた。
「タープだ」
「どこで働いている?」
「お前の知ったことじゃない」
二人は黙りこくって歩いた。二つの衛星が二人の身体から二重の影を作っていた。
ファレルは胃が沈んで行くような感覚を覚えていた。妻子と生きて再会することは難しいだろう。
「俺が金を持っていることをどこで知ったんだ?」とファレル。
タープの顔に残酷な笑みが広がった。「地球行きの切符を予約したやつがいると、すぐに噂になる。それが耳に入っただけさ」薄い大気に男の嘲笑が響いた。
何年間にも感じる一時間ののち、彼らはダンコールの外縁部に辿り着いた。立ち入り禁止という建前ではあったが、当局がパトロールをする頻度は低い上にそのスケジュールは誰もが知っていた。
ダンコールは崩れかけた小さな建物の寄せ集めだった。道路にはゴミが散乱し、襤褸をまとった青白い顔の火星人たちが、まるで世界が滅びてしまった後にどうすれば良いのか分からない人間のように、うつろな目をしてふらふらと徘徊していた。
屋根の上のホタルの壺が村を照らしていた。透明な容器に閉じ込められた虫たちが、陰鬱な街並みに脈動する光を投げかけていたのである。
ファレルは木製の重厚なドアの前で立ち止まると、右足で蹴りつけた。「初めて来た時は手でノックしたんだが、中のやつが出てくるまでに拳固が壊れちまうところだったよ」
二・三分するとドアが開いた。
「入レ」と骨ばった、しわだらけの火星人が二人を招き入れた。
ファレルの二・三歩あとをタープが歩くという形を保ったまま、二人は室内に入って行った。
室内に満ちる悪臭で、彼らの胃はでんぐり返りそうだった。
生気の無い火星人たちが部屋の中央に座り、大きな立方体を注視していた。立方体の両側にいる二人の火星人の前には小さな制御盤があった。
片方の火星人が制御盤のボタンを押した。立方体の中の緑色のボールが数インチ上昇した。
もう片方の火星人がボタンを押すと、中空の立方体の中、上の方にあった茶色いボールが数インチ下降した。
白髪で涙目の火星人が地球人たちに問いかけた。「ギャンブル、スルアルカ?」
ファレルは肯定の意を示すためにうなずいた。
火星人は弱々しくほほえみ、下手な英語でさらに問いかけた。「何ヲ賭ケルアルカ? 金? デューチャル?」
「デューチャルってのは何のことだ?」とタープが聞いた。
「説明するのは難しいな」とファレル。「だが、どうせ
ファレルは冷たい床にしゃがみ込んだ。
タープはその傍らに二ヤードほど離れて座った。
二人は無言で火星人のゲームを見つめた。
数分後、痩せ細った異星人が小さな制御盤の後から立ち上がった。
「勝負が付いたのか?」とタープが聞いた。
「そうだ。緑色のチュニックを着た火星人が見えるか? あれが負けた方だ。今からデューチャルの支払いが見られるぞ」
見慣れない装置が部屋に運び込まれるのを地球人はじっと見ていた。勝者と敗者は近づき合って座っていた。三人目の火星人が二人の頭に電極を取り付け、古代の赤錆びた機械のレバーを倒した。
ゲームに負けた方の火星人の顔が苦痛でゆがんだ。
装置に付いたダイヤルの針が最大値まで右に振れたかと思うと、すぐに元の位置に戻った。
歓喜の表情が勝者の薄い唇に現れ、顔全体に広がった。
数秒後、彼らの頭部から電極が取り外された。
タープは困惑してうなった。
「デューチャルとは」とファレルは手早く説明した。「悲しみまたは痛みを示す単位だ。あの装置によって、敗者がゲームに負けた時の肉体的苦痛・精神的苦痛を、勝者は脳で直接味わうことができる」
「あいつらはそんなものを賭けていたのか?」タープは信じられないようだった。
「そうだ。人間が敗者の絶望した表情のためにゲームをするのと同じことだ。だが火星人の事情は少し違う。やつらは敗者の痛みを勝者の脳に伝える装置を持っている。そして火星人の精神構造は、他人の苦痛をこの上ない快楽だと感じるようにできているんだ」
「狂ってやがる」
ファレルは肩をすくめた。「かもしれん。とにかく、あんたには選択肢がある。千ドルを賭けるか、ある量のデューチャルを賭けるかだ」
「もし俺たちデューチャルを賭けて負けたとしたら、火星人に多少の……苦痛の感覚を支払わなきゃならんってことか」
「そのとおりだ」
タープが笑い声を出した。「よし、デューチャルを賭けよう。もし負けたとしても千ドルを払うよりはましだ」そしてポケットに手を滑り込ませると、布がファレルの方に向けて膨らんだ。「だが、勝ったほうが身のためだぞ」
どっちにしても違いがあるのか? ファレルは思った。ここでギャンブルに勝とうが負けようが、タープは自分を殺すだろう。警察に通報されるために自分を生かしておくわけがない。
「ゲームを始めたければもう始められるぞ」とファレルが言った。「どのボタンを押せばいいか、やり方は俺が教える」
「よし。火星人に五千ドル賭けたいと伝えろ。あの機械のダイヤルには何て書いてあるんだ?」
ファレルはダイヤルの右端の目盛りを指さして言った。「あの線が見えるか? あれが五千ドルに相当するデューチャルだ。さっきの火星人が賭けていたのもこの額だ」
タープは先ほどのデューチャルの支払いが結構あっさりと済んだことを思い出し、にやりとした。もしゲームに負けたとしても、賭け金を支払うのに苦労することはないだろう。
「五千ドルだ」とファレルは返事を待っていた火星人に告げた。「俺たちはデューチャルを賭ける」
その火星人は嬉しそうな表情を見せたかと思うとニ・三分の間姿を消し、大きな袋を持って戻ってきた。
火星人は袋の中身を無造作に石畳の上にあけた。
耳飾り、カップ、アンクレット、指輪、腕輪。どれも黄金製で、ダイヤモンドが散りばめられているのを見てタープは息を呑んだ。安く見積もっても八千ドルの価値はあるだろう。
「あれだけのものを持っているのに、どうしてこんなごみ溜めで暮らしているんだろう? 買おうと思えば――」彼は未完成の文が無限の論考を示すかのように言いよどんだ。
「いくら金銀財宝があっても火星人にとっては意味がないんだ」とファレルが説明した。「やつらの通貨制度は地球人とは違う。大半の火星人は極貧だし、金持ちでさえ食料、衣服、寝場所以上に価値があるものを買えるわけじゃない。それに火星人は地球人と取り引きしない。頑固すぎるからだ」
唯一の例外がこのような賭博場だった。この広い火星上で二つの種族が交流できる場所はここだけであることを、タープはぼんやりと理解した。だがこのような場所でさえ、火星人の態度はよそよそしく事務的だった。
異星人たちはゲームが始まるのを待ちきれず、そわそわと動き回った。
「準備はいいか?」とファレルが確認した。
「いいぜ」
「ゲームの目的は、立方体の一番上にあるボールを一番下まで降ろすことだ。逆に火星人は一番下にあるボールを上に上げようとしてくる。ボールは制御盤で動かす。三次元の
「サシュー・ラーコル!」と火星人の一人が大声で告げた。
「ゲーム開始だ。一番上の緑のボタンを押せ」
タープは不潔な指でボタンを押した。
ゲームは何分間か続いた。自分たちの手番になるたびに、ファレルはどのボタンを押せばいいかタープに教えた。ゲームが続いている間もたくましい男は相方から目を離すことはしなかった。ファレルは、ゲーム中であっても相手の不意を突くチャンスはないと悟った。
そして火星人の対戦者が立ち上がった。これから起こることへの期待を隠せず、血の気の無い唇には、満面の笑みが浮かんでいた。
「俺たちの負けだ!」とタープが叫んだ。
ファレルがうなずいた。「そうだ。とは言っても、俺たちが失うのはちょっとしたデューチャルだけだ」
火星人が地球人二人を取り囲んだ。異星人の装置から伸びた電極が、タープの頭に取り付けられた。
三分後、タープは頭部に電極を付けたままで座っていた。火星人たちは焦れていた。
「何が問題なんだ?」とタープが怒って尋ねた。「火星人同士でデューチャルを支払うのは数秒しか掛からなかったじゃないか」
「そうだ」とファレル。「だがダイヤルを見ろ」
タープは全く動いていないメーターを見つめた。
「デューチャルは精神的苦痛または肉体的苦痛の度合いだ」とファレルは注意を促した。「自分が負けたことと、無念な気持ちに精神を集中するんだ」
タープは考え込むような表情を見せた。メーターがわずかに動いた。
「まずいぞ。見てくれ。ダイヤルには十の目盛りがあるが、針は一つ目にすら届いていない。つまりあんたは払うべきデューチャルの十分の一も払っていないことになる!」
タープはリボルバーを抜いた。
火星人は地球人の手に銃器が握られているのを好まない。彼らは、銃口を向けられたのがファレルであることを気にしなかった。一ダースもの異星人がタープに飛びかかり、すぐに銃を取り上げた。
十人の火星人が怒り狂ったタープを押さえ込み、十一人目がチュニックの中から手錠を取り出し、タープの手首と足首を拘束した。
ハーマン・B・ヴェスタル画
ファレルは自分の千ドルを取り返した。
「火星人という種族は泥棒ではないよ」怒って拘束を解こうとする男にファレルは告げた。「やつらは賭け金がしっかり支払われるのを見るのが好きなんだ。支払いを済ませるまで、あんたはここから出られない。いいかい、どのボタンを押すか教えたのは俺だが、実際にボタンを押したのはあんただ。だからデューチャルを支払う義務を負うのはあんたなんだ」
「嵌めやがったな!」とタープが絶叫した。
タープが顔を紅潮させて続けた。「遠くには行かせねえ。俺は二・三分でデューチャルを払い終わる。そうすればお前を追って……」
「分かっていないな」とファレルが相手の言葉をさえぎって言った。「火星人は虚弱で感受性が高く、苦痛の感覚を脳から投射することに長けている。一方地球人は肉体が強く、肉体的・精神的苦痛を投射することについては何も知らない――」
三人の火星人が鋭そうなナイフをチュニックから取り出すのを見て、ファレルは口を閉じた。
彼らはタープの腕にナイフの刃を押し付けた。
ナイフは男のコートとシャツを切り裂き、肉に届いた。男の服はすぐに赤く染まった。
「やつらはデューチャルの支払いを望んでいるだけだ」とファレルが言った。「そのためにあんたを一寸刻みにする必要があれば、やつらはそうするだろう」
タープの野性的な目が目の前のダイヤルを凝視した。針は二番目の目盛りに触れたが、すぐにゼロの位置に戻った。
「つまり」とファレルは続けた。「問題は等価交換なんだ。地球人はとても強いので、火星人なら指を鳴らすくらい簡単に生み出せるデューチャルを生み出すためには、肉体的に物凄いダメージを受ける必要がある!」
きらめくナイフが再びタープの肉体に食い込んだ。
彼は痛みのあまり悲鳴を上げた。
「助けてくれ! 助けを呼んでくれ! 殺されちまう!」
ファレルはそうした。
だが賭博場を出て分厚いドアを閉め、タープの悲鳴が聞こえなくなると、彼は走るのをやめた。
彼はゆっくりと歩いて行った。
終わり