The Heads of Apex by Francis Flagg
ユースタス・マイルズは公園のベンチに腰掛けていた。その外観はみすぼらしく、その内面は空腹でいらついていた。一陣の風が彼の足元に新聞紙を吹き寄せてきた。それはニューヨーク・タイムズの一部分で、広告のページだった。マイルズは面倒くさそうに新聞を拾い上げた。過去一週間の苦い体験により、求人などほとんどないか全くないかのどちらかであることを知っていたからである。座って読み始めると、紙面の真ん中へんにある広告が目に留まった。四角い枠に囲まれ、他の広告より大きな活字で印刷されていたので目に付きやすかったのだ。
「傭兵募集。若く健康で勤務成績優秀なものに限る。面接はロイター・プレース222号にて二時から四時まで実施」
新聞は今日のものだった。時刻はまだ一時にもなっていなかった。
ロイター・プレースには多少の距離があり、猛暑の中一時間も歩かなくてはならないことが分かった。だが彼はソノラ砂漠ではもっとひどい空腹を抱えて、もっとひどいボロ靴を履いて行軍したこともあった。ユースタス・マイルズは、ニューヨークでは行き詰っていたが、広告を見ていようと見ていまいと本物の傭兵だった。身長は五フィート八インチで、痩せ型で手足が長く、青い目はいつも温和を装っていた。彼は世界大戦に従軍し、トルコのケマル・パシャの旗下でも戦い、スペイン・モロッコ戦争ではリーフ側に付いて戦い、南米諸国では革命政権の間を転々とし、メキシコ革命では民主革命軍の機関銃手として活躍した。だから、どれだけ候補者が集まっていようと傭兵として自分が選ばれるのは確かだと、マイルズは思った。
ロイター・プレース222号は近隣のみすぼらしい住宅の間で威容を誇っていた。歩道まで男たちがあふれて列を作り、逞しい警官が交通整理をしていた。邸宅のドアが開いて、肩幅が広く、燃えるような赤毛の男が顔を出した。男は群衆を見回した。ユースタス・マイルズは思わず叫んだ。「ラスティ! 何てこった。ラスティじゃないか!」そして手を振った。
「おいあんた。横入りする気か?」と列の先頭の男がうなるように言ったが、マイルズは無視した。ドアを開けた男も驚きを隠せずに叫び声を上げた。
「おいおい! こいつは奇遇だな。紳士諸君、道を開けてくれ。この男と話があるんでね」
不穏な群衆を尻目にドアを閉め、二人の男はしっかりと手を握り合った。元軍曹ハリー・ウォード、通称ラスティはマイルズを広い事務室に招き入れて椅子を勧めた。
「お前とニューヨークで会うなんて思ってなかったよ。サンディノ以来だな」
「俺もロイター・プレースであんたに出会うのは予想外だったよ、ラスティ。で、これは一体どういう仕事なんだい?」
「命がけの仕事さ。その代わり報酬も月三百ドルにはなる。だがお前を雇うかどうか、俺の独断では決められない。決定権はボスにあるんでね。推薦はするがそこは理解してくれ」
ラスティは奥のドアをノックし、マイルズを連れて奥の部屋に入って、折り畳み式デスクの奥に座った人物にマイルズを紹介した。その老人の風体にはどこか違和感があった。一瞬観察してマイルズは気づいた。老人は不具者だった。彼は見慣れない型の車椅子に乗っていた。老人の頭は異様に大きく、そして禿頭だった。首から下はマントのような布で覆われ、胴体は全く見えなかった。車椅子の大半も布で隠されていた。この老紳士の顔は端正で彫りが深く、そして浅黒かった。黒人かエジプト人のような黒さだ、とマイルズは思った。老人は二人の男を見つめた。その目は大きく、何とも言えない珍しい色をしていた。その視線は二人を鋭く分析しているようだった。
「で、ウォード君、どうしたのかね?」
「お探しの男を連れて参りました。ソリーノさん」
ソリーノ氏はユースタス・マイルズを批評的な目で舐めまわした。
「傭兵歴は長いのかね?」と彼は問いを発した。学のある外国人に特有な、正確な英語だった。
「はい。わたしの経歴についてはラスティ――いえ、ウォード氏が証明してくれます」
「わたしはフランスで彼の部下、軍曹だったのです。わたしたちはモロッコで一緒に戦いました。その後はトルコでも、ニカラグアでも……」
「よろしい。で、人格や勇気についても確かかね?」
「これほどの男はそうそう見つかりませんよ。もし彼がこの街にいることを分かっていたら、広告など打たず、直接彼と交渉したところです」
「大変結構。それは頼もしい。だがこの方――マイルズさん、でしたかな?――は、これが危険な仕事で、船旅の先では命を失う可能性もあることを承知しているのかね?」
「自分の命を的にしたことは、これまでにもあります」とマイルズは静かに言った。
老人はうなずいた。「そうであれば、この場で聞くべきことはもうありませんな」
マイルズはウォードの部屋までついて行き、トムから着替えを受け取った。過酷な数週間の後では、温かいお湯で入浴するのは実に贅沢に感じられた。着替えは大き過ぎず小さ過ぎず、自分のためにあつらえたかのようだった。二人の男は体格がほとんど同じだったからである。たっぷりした食事の後、戦友の部屋でまったりと過ごし、トルコ産の葉巻を吸いながら、マイルズはウォードに質問を投げかけた。
「あの老人は何者なんだい?」
「俺もよく知らないんだ。俺も広告で最初に雇われて、それから試験官をやっていただけなのさ」
「でも、どこに行くかくらいは知っているんだろう?」
「お前と大差ないよ。ソリーノは、とある国のとある都市に侵入する、と言っていた。それがどのへんかは秘密だと。何も知らされないのは困ったもんだが、餓死に比べればはるかにましだ。俺もここに来た時はお前と同様、餓死寸前で自暴自棄になっていた」
マイルズはあらためて現状の心地よさを痛感した。
「ソリーノ氏はどこの人間だろうな?」と彼は言った。「メキシコ人のようにも見えるが、どうも黒人の血が入っていそうだ。まあ、戦うのが俺たちの仕事さ。公園のベンチでしょんぼりしているよりは、戦って金を稼ぐ方がずっと良い。然るべき時が来ればやっこさんも必要事項を話すだろうよ。その時までは居心地のいい部屋で、うまい飯を食って、ゆっくりしていれば良い。何も心配することはないさ」
だがもしユースタス・マイルズが未来を知っていれば、そんなに呑気なことは言えなかっただろう。
その週の間は、マイルズがソリーノ氏と顔を合わせることはなかった。だがウォードは一日に二・三回は老人に会い、指示を受けているようだった。
「どうもよく分からん」とウォードはマイルズに言った。「あの年寄りはどうやって生きているんだろう? ソリーノの部屋に出口はあるが、あの男が外に出ていないことは断言できる。車椅子の身では一人で外には出られない。だったら、食事はどうしているんだ?」
マイルズは物憂げな笑いを見せた。「別に謎でも何でもないよ。俺たちは一日中ここにいるわけじゃない。一時間や二時間は何やかんやで外出する。そのタイミングと、電話で出前を取るタイミングが合致しているのさ」
「だが俺が最寄りのレストランで聞き込んだ限りでは……」
「おいおい! マンハッタンにレストランが何軒あると思っているんだ?」
マイルズはソリーノ氏に謎めいた点があるとは考えていなかったが、出発の日、早速考えを変えざるを得ない出来事が起こった。その日の夕方、ソリーノ氏と六人の傭兵たちはロング・アイランドの人気のない浜辺に向かった。辺りが暗くなっていくのを彼らは待っていた。ソリーノ氏が口を開いた。「月が出るのを待たねばならん」
月は九時に昇った。薄気味悪い光の下、浜辺には潮が満ちてきた。その時、ソリーノ氏のマントの中から――首の付近から――緑色の閃光が海上に向けて照射された。すぐに緑色の閃光で返事があった。返事をしたのは低い船体をした黒い船舶で、浮上した鯨のように船体の大半が水中にあるようだった。それは静かに海岸に近づいてきた。接岸はほとんど波も立てずに行われ、船首が静かに砂浜に食い込んだ。
「こりゃ驚いた!」とマイルズはささやき、ウォードの腕をしっかりと握った。「潜水艦だ!」
傭兵たちがさらに驚いたことに、それは当たり前の潜水艦ではなかった。第一に、司令塔がなかった。第二に、丸っこい船首から細いタラップが伸び、船体と乾いた砂浜の間を海水に濡れずに渡れるようになった。だが驚いている暇はなかった。ソリーノ氏が言った。
「さ、早くタラップの上に箱を全部積んでくれ。船内まで入れる必要はない」
彼自身は車椅子で自走して船内に入って行った。そして後ろに向かって声をかけた。「急いでやってくれ!」
冒険者たちは二・三分で荷物を積み込んだ。「では――」と雇い主の声がした。「――全員、タラップの上に立ってくれたまえ。しっかりと。動かないように」
彼らは足元でタラップが振動するのを感じた。タラップの先が砂浜を離れた。次の瞬間、彼らは真の闇の中にいた。明かりが点くと、彼らは長い箱型の部屋にいることが分かった。彼らが入ってきた開口部はすでに閉じており、どこが開口部だったのか全く見分けが付かなかった。
部屋の中心に巨大なジャイロスコープのような装置と黒く滑らかなピストン状の装置があり、どちらも摩擦を感じさせずに動作していた。装置の前には明らかに操縦盤と思えるものがあり、浅黒い肌、巨大な禿頭、奇妙な色の目をしたソリーノ氏がそこに陣取っていた。傭兵たちはぎょっとして雇い主を見つめた。マントを外した彼はただの不具者ではなかった。首から下は金属製の円筒になっていた。胴体と呼ぶべき部位の体積はごく小さかった。足は無かった。円筒の末端はそのまま風変わりな車椅子に固定されているようだった。
ソリーノ氏は操縦盤の男に傭兵たちを紹介しなかった。男は傭兵たちを一瞥したが、表情は全く変わらなかった。男は傭兵たちを船室に案内し、狭いながらも快適に過ごせるよう使い方を教えると、すぐに操縦室に戻って行った。足元から伝わってくる独特の振動で、傭兵たちは船が海中を進んでいることを察した。
「うーん。どう考えても奇妙キテレツだな」と一人が言った。
「奇形――どえらい奇形だったな」とロンドンなまりのイギリス人が感想を述べた。
「そのとおりだ」とやせたテキサス人が言った。「あの男、足が無かった」
「それに手も無かったぞ」と誰かが言った。
マイルズとウォードは互いを横目で見た。確かにそのとおりだ。誰もソリーノ氏の手を見ていなかった。実に奇妙なことだった。
時間は過ぎて行った。何人かは賭け事に没頭していた。食事が退屈を紛らわした。彼らは二度の就寝時間を経験した。果てしない時間の後、ソリーノ氏はマイルズとウォードを操縦室に呼び出した。「君たちに加わってもらった大仕事について、詳細を話すべき時が来た。わたしがこれから話すことは、他の連中にも伝えて結構。君たちの一年分の給料はニューヨークのチェイス銀行に預けてある。誠実に働き、そして生き延びれば、君たちのものになる」
「それはどうも」とウォードが言った。「で、われわれの行き先はどこなんですか? とある国のとある都市としか伺っていませんでしたが、どこの国なんですか?」
「下の方だ」と奇怪な答えが返ってきた。
「下の方ですって?」と二人が言った。
「そうだ」とソリーノ氏がゆっくりと言った。「その国への入り口は海底にあるのだ」
二人の男はあまりに非常識な言葉にあっけに取られて雇い主を見つめた。
突然ぞっとするような轟音と鉄が割ける音がして、潜水艦は急停止した。艦は姿勢を崩し、船尾を上にして急激に沈下し始めた。冒険者たちは殺人的な揺れに吹き飛ばされ、鋼鉄の隔壁にぶつかって意識を失った……
どれだけの間気絶していたのかは誰にも分からない。ユースタス・マイルズの視覚に最初に入ってきたのは三途の川のような暗黒だった。
マイルズはひどい吐き気と眩暈をこらえながら、「ラスティ!」と呼びかけた。静寂だけが答えだった。
「ちくしょうめ」と彼は思った。「何が起こったんだろう?」
マイルズがあたりを手さぐりすると、何か柔らかくて粘つくものが手に触れた。そろそろと身体を起こし、座った姿勢になった。全身に打撲を受けた感覚があったが、重い傷は無さそうだった。ポケットに小型ながら強力な懐中電灯が入っていることを思い出し、マイルズはそれを取り出してスイッチを入れた。電気の光が暗闇を貫くと、意気消沈した気分も追い払われて行った。それと同時に誰かがうなり声を上げ、ウォードの声が彼の名前を呼んだ。
「マイルズ、お前か?」
「そうだ。落ち着け」
「ああ。お前、怪我は?」
「怪我と言うほどの怪我はないな。お前は?」
「大丈夫だ。ちょっと頭がふらつく程度だ」
「立てるか?」
「ああ」
懐中電灯の光で浮かび上がったウォードの顔は、青白く、血の気がないように見えた。
「何が起きたんだろうな?」
「たぶん、衝突事故だろう」
二人は恐怖の眼差しで見つめ合った。海中を行く潜水艦にとって、衝突は由々しき問題だ。
「ソリーノ氏はどこだ?」
マイルズは頼りになる電気の松明をゆっくりと振って、室内を検分した。ひどい有様だった。ジャイロスコープは軸から外れて床に転がっていた。操縦盤と浅黒い操縦手は元の場所からは消えていた。さらに見ていくうちにソリーノ氏が見つかった。車椅子に乗ったままで、マントが身体にぴっちりと巻き付いていた。そして頭が卵の殻のように割れていた。マイルズは暗闇の中で恐る恐る手を伸ばし、頭に触った。
二人は奇跡的に死から逃れたのだった。巨大なピストンが倒れて彼らの頭上をかすめ、ソリーノ氏を殺し、鋼鉄の船室をめちゃくちゃに暴れまわって死と破壊をもたらしたのだ。マイルズとウォードはてきぱきと室内を検めたが、これ以上見るべきものはなかった。自分たちを除けば、死人だけだった。
二人の生存者は自分たちが正真正銘の苦境に直面していることを悟った。背筋が寒くなった。海中で潜水艦内に閉じ込められ、運命の審判を待つばかりの彼らは、むしろ即死した仲間たちより不運だった。そして冷たい空気の中によどんだ海水の臭いが混じり始めたことで、男たちは船隔が破損していることを知った。マイルズとウォードは人が通れるくらい大きな穴を、苦悩の目で見つめた。このままだと船内は海水で満たされ、空気が無くなってしまう。二人は問題の箇所に近づき、懐中電灯の明かりで穴をよく調べてみた。
「この穴から外に出よう」と、少し躊躇してからウォードが言い、開口部に潜り込んだ。相棒も後に続いた。二人は空気中に顔を出した。彼らが居るのは広いトンネルか洞窟のような空間だった。どれだけ広いのかは暗くて判断が付かなかった。潜水艦が大洋のど真ん中からこの場所にどうやって行き着いたのかはこの際問題ではなかった。だが輝くレールが遥か彼方まで伸びており、これと衝突したことが潜水艦に穴が開いた最大の原因のようだった。このトンネル(または洞窟)は不揃いなブロックまたは岩塊で舗装されており、かつては滑らかだったのだろうが、路面は湿気と波の作用でデコボコになっていた。冷たく湿った空気の中で、マイルズは無意識に身震いした。
「自力で何とかするしかないな。ここがどこか教えてくれる唯一の人間は死んじまったんだから」
ウォードが力強くうなずいた。「このレールを辿って行けばどこかには着くだろう。現時点での望みはそれだけだ。だがその前に銃と食料を船から回収しようか」
幸運にも、二人は壊れていない魔法瓶をいくつか見つけた。熱いコーヒーが弱った神経を癒してくれた。打ち傷と切り傷をできる限り手当てして、彼らは潜水艦を後にした――いや、潜水艦兼軌道車を後にした、と言うべきか。外からよく見ると、この乗り物は壊れていなければレール上も走りそうな形状をしていた。二人は重い足取りで進んだ。
レールは難破地点から無限の暗闇の中へと伸びていた。石畳の上をとぼとぼ歩く彼らは、浅い水たまりにしばしば足を取られた。懐中電灯の光はむしろ周囲の陰鬱さを明らかにするばかりで、二人の男の気分は沈みこんでいった。彼らはどちらも恐怖を感じていないわけではなかったが、勇気も充分に残っていた。危機に際して手が縮こまり、何もせずに死んでいくような男たちではなかった。
時間が過ぎて行ったが、彼らの腕時計はすでに壊れていたので、どのくらい経ったのかは何とも言えなかった。しばらくすると二人は道が上りになっていることに気づいた。また、路面が良くなり、歩きやすくなっていることに気づいた。ウォードが、電気の光なしでも周りが見えるという事実を指摘した。二人のアメリカ人の周囲は不思議な光が目立ち始めていた。それは気味の悪い燐光性の光で、壁が遠くまで続いており、その先にどっしりした柱が立っているのが見えてきた。
進むにつれ、彼らは自分たちが広大な石室の中に居ることに気づいた。疑問の余地なく、人間の手によるものだった。眺めていると自然と畏敬の念が呼び起こされるようだった。通路が放射状に広がっており、散乱した巨大な金属塊が燐光にぼんやりと照らし出されていた。マイルズはこれらの物体が何か偉大で複雑な装置の一部――ばらばらになった残骸――であることに気づき、低い叫び声を上げた。だが元がどんな装置だったかは見当も付かなかった。彼はウォードの方を見た。
「ソリーノは海底の都市が目的地だと言っていた。ここのことかな?」
ウォードは首を横に振った。「何もかも古びていて、生き物の気配がない。それに……見ろ! あれは何だ?」
巨大な彫像だった。石材――大理石だろうか――から彫り出され、燐のような物質で覆われた彫像が、通路にそびえ立って辺りを睥睨していた。人面、獣身で、背中には翼を生やしていた。その顔立ちは黒色人種のものだった。目を見開いた表情は明らかな悪意に満ちており、また全身の出来栄えはまるで生きているようだった。二人の背筋に冷たいものが走った。ウォードは思った――この石像は巨大さといい雰囲気といい、そして古さといい、かつて見たエジプトの石像に匹敵する。
像を超えると、坂道は平坦になっていた。そして道は円弧を描いて曲がり、ある種の操車場のような地形でレールは途切れていた。数本の待避線があり、彼らが乗ってきたものと酷似した潜水艦兼軌道車が何台か停まっていた。だが彼らが息を呑んだのは別のものに対してだった。操車場の先に、微光を放つ水晶でできた建物が見えてきたのだ。
一瞬の驚きが過ぎ去ると、二人は用心深く奇妙な建物に近づいて行った。湿気も燐もその透明性を損なっていないようだった。触ってみると微かな振動と温かみがあった。材質はガラスではなかったが、それに匹敵する透明度で、建物の中が何の困難もなく見えた。中は仕切りが無く、がらんとした大きな一つの部屋になっており、中央に電球のフィラメントを思わせる装置が据えてあった。二人の冒険者から見た建物全体の印象は、大きな電気ランプと言ったところだった。フィラメントは安定した光を周囲に放っており、その光はどこか人を元気づける力があるようだった。そして、ドアと思しき部分――鈍い色の金属で縁取られていた――があり、中に入れそうだった。
「どうする? 入るってみるか?」とマイルズが言うと、ウォードも決めかねて言葉を濁した。「そうだなぁ。思うに……」
結局二人は金色のドアノブを回し、若干反発するような感触のドアを開け、柔らかな光に満ちた室内に足を踏み入れた。軽率にもウォードがドアノブから手を離すと、ドアは彼らの後で独りでに閉まった。その途端あたりに閃光が走り、二人は強い吐き気に見舞われた。そして影のできかたで彼らは気づいた。水晶の部屋は形を変え、透明だった壁は光沢と透明性を無くしつつあった。
「急げ!」とウォードが叫んだ。「早くここから出るんだ!」
マイルズとウォードは外に転がり出た。
彼らは茫然と立ち尽くした。陰鬱なトンネルや潜水艦兼軌道車の操車場は消え失せており、二人は大広間のような場所にいた。全くもって風変わりだが壮麗な大広間で、緑色の顔をした人物が二人の顔をじっと見つめていた。
緑色の男はヘラクレスのような逞しい体格で、腰布一つの他は何も身に付けず、短い棍棒を持っていた。彼はアメリカ人側と同じくらい当惑しているようだった。間を置かず、男は獰猛なうなり声を上げ、驚いているウォードに飛びかかり、半ば棍棒で殴りつけようとし、半ば地面に押し倒そうとした。マイルズは硬直からすぐに立ち返り、相棒の危機を救うべく、鬨の声を上げながら緑色の巨漢に背後から組み付いて、その首を筋骨逞しい手で締め上げた。
だが敵は信じがたいほど強く、ほとんど動じずに、熊が犬をあしらうかのようにマイルズを振り払った。マイルズは手ひどく地面に叩きつけられた。緑色の巨漢が棍棒を振り上げた。もしウォードがぎりぎりのタイミングで
「見ろ!」とウォードが怒鳴った。
出入口に、一ダースもの緑の巨人が押し寄せていた。マイルズも拳銃を抜いて発砲した。緑色人のリーダーは跳躍した瞬間に空中で被弾し、腹を抱えてうずくまった。
「こっちだ!」とウォード。「逃げるぞ!」
先頭が倒れて隊列が混乱した隙に乗じて、二人のアメリカ人は反対側の出入口に向かって疾走した。広い廊下を二人は駆け抜けたが、廊下は行き止まりになっているようだった。真っ白い壁が行く手を塞いでいた。背後には緑色人たちが恐ろしい叫び声を上げながら迫っていた。二人のアメリカ人はやけくそな心境で、自分たちの命をなるべく高く売りつけてやろうと、敵に向き直った。だが奇跡が起きた。真っ白い壁が二つに割れ、裂け目が生まれたのだ。二人は飛び込んだ。裂け目は音もなく閉じて、緑色の追跡者たちをシャットアウトした。そして声がした――几帳面だがアクセントのおかしい英語の声が。
「君たちが来ることは分かっていたよ、紳士諸君。だが……ソリーノはどこにいるのかね?」
マイルズとウォードはこの時の驚きを忘れないだろう。二人は巨大な実験室にしか見えない場所にいた。高尚な気配のする場所で、未知の機械装置が所狭しと置かれていた。だが彼らの目を釘付けにしたのは別のものだった。彼らが向かい合っているのは、風変わりな車椅子に乗った、円筒状の身体から禿頭を生やした存在――すなわち二人が潜水艦の操縦盤の前で見たソリーノ氏の姿とそっくりな存在――だった。五、六十人もの生首がアメリカ人と向き合っていた!
「こりゃまた!」とマイルズは大声を上げた。「どういうことだ?」
「ソリーノはどこかね?」と、声が再びおかしなアクセントの英語で言った。
ウォードは、声を発したのが数フィートのところにいる車椅子男だと気づいた。
「ソリーノは死にました」とウォードは答えた。
「死んだ?」
車椅子の間をざわめきが走った。
「そうです。潜水艦がトンネルの中で座礁したんです。全員死にました。助かったのは俺たち二人だけです」
禿頭たちは顔を見合わせた。そして一人が英語で言った。「スピーロのしわざだ。」
別の者が言った。「そうだ。スピーロがやったことだ」
マイルズとウォードは驚愕から何とか立ち直って尋ねた。「ここは何という場所ですか?」
「ここは
生首たちの宮殿! 二人のアメリカ人は当惑を隠せなかった。
「申し訳ありませんが、どうも異常で理解しがたいことばかりで困惑しています。第一に潜水艦が沈没したこと。第二に水晶の部屋に入ったらトンネルが消失したこと。そもそもここは大西洋の海底なのですか?」
「ここは大西洋の底ではない」
「大西洋じゃない? ではどこなんです?」
「ここは」と声がゆっくりと答えた。「君たちの世界ではない」
その言葉の意味はアメリカ人たちの頭にはうまく浸透しなかった。「俺たちの世界ではない?」とアメリカ人はオウム返しに言った。
「来なさい」と不具の男が謎めいた微笑みを浮かべながら言った。「君たちは疲労と空腹に苦しんでいる。込み入った話は後にしよう」
彼の奇妙な色の目は全てを見通しているかのようだった。
「眠りなさい」
その声は柔らかいが命令的で、冒険者たちは命令に抗おうと意志を振り絞ったが、瞼がどうしようもなく重くなり、眠りに落ちた。
夢すら見ない深い眠りから覚めた二人は、疲労が嘘のように消え去っていることに気づいた。傷は治り、粘液や汚泥にまみれていた身体と服もきれいになっていた。車椅子の生首は一人を除き全員がどこかにいなくなっていた。この一人は、最初に会話した個体だった。
「恐れる必要はない」と彼は口を切った。「こちらのやり方で、君たちに食事と休息を与えさせてもらった。治療もしておいた」
疑念はあったが、ウォードは笑顔で答えた。「ご親切に感謝します」
「君たちが健康になって何よりだ」と生首。「さて、聞いて欲しい。わたしの名前はゾーロー。
二人のアメリカ人は疑いの目で話者を見た。ウォードが言った。「しかし、それは何万年も前のことではありませんか?」
「三十万年前のことだ」とゾーローが訂正した。
二人はあっけに取られた。
「そうだ。君たちの耳には信じがたく響くだろう。しかし真実なのだ。現在の君たちは見事な工業文明を築いているが、われわれのアトランティス文明はそれ以上に完成されていた。もちろん、アトランティスというのは本当の名前ではない。われわれはあの大陸をア=ズーマと呼んでいた。ア=ズーマは全世界を支配していた。われわれの船は銅の帆と真鍮のエンジンで世界中の海を渡った――今ではその大半が陸地に変じている。われわれの空中船は、君たちが達成しているより高い水準で、安全かつ高速に世界の空を飛び回った。全世界の富がア=ズーマに集まった。われわれの統治者は自尊心と虚栄心を増大させて行った。時が経つにつれ、国内には奴隷階級が増加し、国外には属国が増加し、結果として彼らによる大反乱を招いた。そして反乱軍に対して“最終兵器”が使われた。これは特別製の空中船から黄色い霧のような気体として散布され、吸い込んだものに死と破滅をもたらした……」
ゾーローはいったん言葉を切ったが、すぐに続けた。「そして一万年の間、体制は維持された。そのうち科学者は次第に社会から恐れられるようになって行った。最終兵器を作り出したのは科学者だったからだ。また、農奴階級が密かに研究所を設けるような事件もあったからだ。そして、このわたしや仲間たちを始めとした科学界の学僧もまた、社会からの排斥を免れなかった。そしてわれわれは身体を捨てた――」
ゾーローはアメリカ人の驚いた顔を見て笑った。「そうだ。われわれは奇形ではない。この円筒形の筐体には一片の生体組織も入っていない。この中には機械的な人工心臓と人工血液――それが浄化される仕組みについては説明を省くが――が入っており、それにより頭部を生かしているのだ。また、手足の代わりになる装置も入っている。これは精神の力でコントロールするものだ。
こうしてわれわれは、事故に遭うか補給物資が途切れるかしない限り、半永久的に生きられるようになった」
二人の聞き手は畏怖の念を覚えていた。
「つまり」とマイルズがためらいがちに言った。「頭部を生かすために、他の全てを機械に換えたということですか?」
「早く言えば、そのとおりだ。それがわれら科学僧の選んだやり方なのだ。
話を戻すと、わたしが肉体を捨てたのは三千歳の頃だった。だがあの頃の社会混乱――奴隷たちがいかにしてア=ズーマの中枢部に潜伏したか、対処法に窮した支配者たちがいかにして原子の力を解き放ったか――を長々と話して君たちを退屈させるつもりはない。危機を逃れるためにわれわれが作ったシステムのことだけ話せば充分だろう。われわれは島一つを改造し、外界から隔離した。君たちの言うところのトンネルもその一部だ。そしてトンネルの末端には潜水艦でだけ通れる自動制御の水門を作った。
それとほぼ時を同じくして、われわれの研究は、地球の固有振動数より若干高い振動を活用し、新たな空間への扉を開く方法を発見した。われわれは労働者を新空間に投入し、都市と宮殿を建設した。ここがその宮殿だ。しかし、不幸にして、われわれは自己防衛のための兵器をこの空間に持ち込まなかった上に、それを生産するのに必要な材料も設備も貧弱だった。とは言え、数え切れないほどの世代を経ても労働者階級は反抗の気配を見せなかった。彼らは、ア=ズーマに住んでいたころから、科学僧を神と崇めていたからだ。彼らは生まれて、大人になって、そして年老いて死んでいくのに、こちらは不老だった。それに、賦役さえ果たせば彼らは地上にいたころより遥かに自由だった。賦役とはわれわれの研究所に幾分かの鉱物や燃料を納めることと、われわれの生命維持に必要な血液を納めることだ。この空間の先住民である緑色人が労働者階級に加わっても状況は変わらなかった」
緑色人! その言葉が合図だったかのように、恐ろしいことが起こった。やせ細った、おぞましい怪物が物陰から飛び出してきた。マイルズの仰天した目には、それが飛び出しながら巨大化したようにも見えた。怪物の身体は信じがたいほどやせ細っており、骨と皮ばかりだったが、その頭は身体と不釣り合いに大きかった。ぎょろりとした二つの目玉の間にロープのような鼻がくっついていた。背丈は十二フィートはあった。怪物はゾーローを狙っていた。
「気を付けろ!」とアメリカ人が悲鳴を上げた。
ゾーローの車椅子は跳躍したように見えた。だが遅過ぎた。円筒形の筐体に怪物の鼻が蛇のように絡みつき、車椅子と乗り手を床から空中につまみ上げた。
「撃て! 撃ってくれ!」とゾーローが叫んだ。
マイルズが拳銃を撃った。その弾丸は骨と皮ばかりの身体を貫通し、遠くの柱に当たった。ウォードの射撃の方が効果的だった。ぎょろ目の片方がガラスのようにはじけた。続く一斉射撃を受けて怪物はもがき苦しみ、ますますおぞましさを増し、甲高い鳴き声を上げた。ゾーローは逆さまに吊り下げられていた。この高さから落とされれば、頭に致命傷を負うだろう。
だが怪物は彼を落とさなかった。その代わりに苦しみのあまり手中のものをさらに強く握りしめた。二人のアメリカ人は信じがたい光景を見た。彼らの眼の前で怪物は急速に縮み始めた。そのガリガリの身体はバランスを保ったまま縮小して行き、床に倒れて死体になった時には、その蛇に似た身体はたったの六インチになっていた。
「こりゃたまげた!」とマイルズは嘆息した。
窮状を何とか無傷で逃れたゾーローは、妙な色をした目で怪物をじっと凝視していた。
「これはター=ア=ラという生物だ」とゾーローが言った。「君たちと同時にこの部屋に入ってきたに違いない。緑色人はしばしばこの生物を捕らえて、調教して、狩りに使う。獲物を襲う際、彼らの身体は極めて大きく伸び縮みする」
生首のリーダーは自分が襲われた直後にしては全くもって平静な外観をしていた。銃声を聞いて集まってきた数人の車椅子たちに目顔で危機が去ったことを伝え、彼らを下がらせた。
アメリカ人はまだ動揺していた。ウォードが言った。「あのですね、安心するのは早計なのでは……」
「心配無用だ」とゾーローが答えた。「この生物は群れで狩りをする習性がある。先ほど一体が鳴き声を上げた時、呼応するものが無かったことで、室内にこれ以上ター=ア=ラが居ないことは確認できている。また、外部からの攻撃に対して研究所は難攻不落だ。労働者階級の反乱に備えて完全に外部から遮蔽してある。
緑色人の武装は取るに足らない。彼らは棍棒しか持っていない。だが兵糧攻めだけは脅威だ。緑色人も元来はわれわれを崇拝しており、長い間供物を捧げてきた。だが最近ではわれらの神性に疑念を抱き始めたようで、命令に従わなくなっている。こちらには緑色人を罰する術が無い。スピーロがこの事態の原因だ」
「スピーロとは何ですか?」と二人の男が質問した。
「われわれが不慮の事故死から救ってやった男だ。事故による負傷で昏睡状態に陥ったので、機械体にその頭部を移植し、
ゾーローはぞっとするような表情を見せた。
「――この男はわれわれ非難して回った。本来、労働者階級は不満をほとんど持っておらず、一人の男のために権威に反抗する意志は無かった。だがスピーロという男は、われら
「この反抗でわれわれはひどい損害を受けた」と、生首のリーダーは変わった色の目でアメリカ人を見ながら続けた。「長年の習慣は破壊され、
われわれは長年に渡り地上を観察してきた。例えばピラミッド文明が勃興し凋落していく様も見てきた。そして近年ではアメリカが力を付けてきており、重要性を増していることも認識していた。それゆえにソリーノたちの行き先としてアメリカを選んだのだ。トンネルは依然として大西洋の海底に残っていたので、出発に支障は無かった……」
「それで俺たちを雇ったというわけですね」とウォードが言葉を引き継いだ。「そして潜水艦で水門をくぐってトンネルに入った。そして……」
「水晶の小屋に足を踏み入れただろう」とゾーローが続けた。「あれはある種の光線と化学作用による振動発生装置だ。ドアを閉めると電源が入り、室内の人体を“送信”する。旅行者はこちら側にある受信機で“受信”され“再構築”される」
ここが海底でもなく元の世界でもないという言葉の意味は、そういうことだった。彼らは、全く驚いたことに、まさに別世界にいるのだ!
「スピーロはこちらの計画を察知していた」とゾーローが話を続けた。「研究所に残ったわれわれを包囲して動きを封じた上で、水晶のシステムを使ってトンネルに出向いて、線路に破壊工作を施したのだろう。潜水艦が脱線して破損したのはそのためだ。だがやつの工作は完全には成功していない。君たち二人が生き延びて脱出した。君たちを歓迎する。われわれは、君たちの誠意ある働きと戦果に大いに期待するものである」
「お任せください。戦う準備は万端です」と、アメリカ人の二人組は快く返事をした。状況は異常極まり、全てを理解できたわけではなかったが、傭兵の掟はシンプルだった。誰が雇い主であろうと、その支払いが続く限り、忠義を尽くして戦うのだ。
「もはや無駄にできる時間は無い」とゾーローが言った。「われわれの血液はすでに限界が来ている。潜水艦に引き返して、もっと兵器を回収しなくてはならない」
「しかし、どうやってここから出るんです?」
「隣の部屋に送信水晶管がある」
マイルズとウォードは雇い主に付いて隣室に入った。室内は琥珀色の光で満たされており、生首たちが全員集合しているようだった。ゾーローが群衆に対し、耳慣れない言語で何かを早口に告げた。そして部屋の端にある水晶のコンパートメントに二人を案内すると、入るように指示した。温かく振動するような光がアメリカ人たちの手足を愛撫した。
「ドアを閉めた瞬間に、君たちは送出される」とゾーローは言った。「気が付いた時にはトンネルの中だろう。操車場に行き、どれでも良いから潜水艦の一つに乗船したまえ。そして線路を走らせて君たちの脱線した地点まで行くのだ」
彼は潜水艦兼軌道車の操縦方法を二人に教えた。
「そして君たちがアメリカから積んできた兵器を持って戻ってくるのだ。よろしいかね?」
二人はうなずいた。
「労働者階級は機関銃や爆弾に対抗できるような武器は持っていない。恐れる必要は無い。だから作戦の真の目的を忘れないで欲しい。君たちが戦うのは、われら
ドアが閉められた。閃光で目が眩み、意識が一瞬遠のいた二人は、透明な壁の向こうにぼんやりと光る海底洞窟の情景を見たように思った。だがそれは幻影だったのだろう。彼らはすぐに正気を取り戻した。
「ぞっとしねえな」とウォードが身を震わせて言った。「だが、気を取り直して潜水艦を見てみようぜ。動くといいんだが」
二人の傭兵は潜水艦兼軌道車の一台を駆り、さしたる障害もなく脱線地点まで戻った。二人は機関銃を持ち、ガス爆弾を取り出しやすい肩掛けカバンに詰めた。
「これでよし」とマイルズが覚悟を決めて言った。「出発しよう」
彼らは水晶の小屋に入った。再び閃光と暗黒。そして、気が付くと二人は再び大柄な緑色人でいっぱいの大広間に立っていた。
「撃つなよ、相棒」とウォードが怒鳴った。「無益な殺生は止そう。爆弾を食らわしてやれ!」
催涙ガスという予期せぬ攻撃を受けて、緑色人たちは狼狽し、敗走した。
「追うぜ!」とウォードが喘ぎながら叫んだ。
戦いの渇望に胸を躍らせながら、二人のアメリカ人傭兵は広場のような場所までやって来た。周りの奇妙な建物や彫像に注意を払っている暇はほとんど無かった。武器を構えたまま、二人は浅黒い人間の集団と正対した。緑色人と比べればかなり小柄な連中だったが、そういう種族だからなのか、たまたま小さい個体が集まっていたからなのかは、二人には分からなかった。目の前の集団の奥には別の集団が、そしてその奥にはさらに別の集団が控えていた。これだけの人数に押し寄せて来られたら、さすがに催涙ガスでは対応し切れない。
「やむを得ん」とマイルズが叫んだ。「こいつの出番だ!」
機関銃が弾丸の雨を降らせた。最初の斉射を受け、浅黒い男たちは慌てふためき、後ずさりした。二度目の斉射で、彼らはおがくずのように散り散りになった。マイルズとウォードの目には、黄色い石畳に倒れた死傷者の姿が映っていたが、哀れみは無用だった。二人はプロであり、これが雇い主から注文された仕事だったからだ。彼らはフランスでもニカラグアでもメキシコでも、もっとひどい光景を目にして来た。敵の集団は現代兵器の破壊的な威力により、広場から一掃された。ここが異次元だろうと別世界だろうと、熱帯樹が生えていないだけで、展開された光景は中南米と全く同じだった。
しばらくの間、広場から放射状に広がっている街路はいずれも無人もしくは死人しかいなかった。マイルズとウォードはオーバーハングした壁の陰に入り、汚れた顔を拭った。
「朝飯前の仕事だったな」とウォードが言った。その言葉が終わるか終わらないかのちょうどその時、壁が二人の無防備な頭の上に崩れ落ちた。折り重なった石の下敷きになって彼らは意識を失った……
不愉快な目覚めが訪れた。最初マイルズとウォードは自分たちがゾーローの前に居ると思った。しかし視界がはっきりしてくるとそうではないことに気づいた。そこは大広間で、周りは短いチュニックを身に付けた浅黒い種族でいっぱいだった。腰布一つの姿で短い棍棒を持った大柄な緑色人も混ざっていた。緑色人たちの獰猛な目、浅黒い男たちの恨みがましい目が二人に集まっていた。二人がこの場で八つ裂きにされないのは、車椅子に乗り、円柱形の筐体を持った、一人の生首が群衆を抑えているからだった。アメリカ人たちは生首を見つめた。ゾーローか? いや、それはゾーローではなかった。
「こいつがスピーロだな」と二人は思った。
彼らは反乱軍の頭目の手に落ちたのだった。
スピーロはアメリカ人傭兵を冷たい目でじっと見ていた。彼の話す英語はゾーローほど流暢ではなく、理解するのが難しかった。
「オ前タチハ、別世界ノ、あめりか人ダナ。黄金デ、
頭目は一度言葉を切った。
「ワタシハ、オ前タチノ国ノ言語ト歴史ヲ、三年間学ンダ。オ前タチノ種族ハ、信ジガタイホド下劣ダ」
彼が再び言葉を切ると、ウォードが怒って反論した。「俺たちが金銭で雇われて戦いに来たということは事実だ。だが下劣とはどういうことだ? そういうお前は恩人である生首たちを裏切ったんじゃないのか。お前は労働者階級を率いて反乱を起こしたが、それに何の建設的な意味がある? 仲間たちが不老不死になれる可能性を潰しただけじゃないのか? お前こそ殺人を求めているんじゃないのか?」
スピーロはゆっくりと答えた。「オ前タチハ無知デアリ、ワタシノ行動ノ意味ガ、分カッテイナイ。聞ケ。ワタシガ、隠サレタ真実ヲ教エテヤル。ワタシノ種族ノ歴史ノ黎明期カラ、ワタシガ反乱ヲ起コスマデ、頭タチハ、長年ニ渡ッテ無数ノえいぺっくす人ノ血液ヲ吸ッテ、命ヲ保ッテキタノダ」
アメリカ人の顔は青ざめた。「どういう意味だ?」とウォードがささやいた。
「頭タチガ、人工血液ヲ人工心臓デ頭部ニ循環サセテ、生キテイルコトハ知ッテイルダロウ。ヨロシイ。デハ、ソノ血液ノ原料ヲ知ッテイタカ?」とスピーロが激しく言った。「人間ノ血液ダ! 人工血液ハ、生キタ人間ノ血液カラ、作ラレテイル。カツテハ全テノえいぺっくす人ガ当番制デ寺院ニ赴キ、血液ヲ抜カレテイタ。コノ風習ハ徐々ニ種族ノ生命力ヲ奪ッタ。シカシ慣習ニ異ヲ唱エルコトヲ、誰モガ恐レテイタ。頭タチハ、神トシテ崇メラレテイタカラダ。神々ハ言ッタ。冒涜者ニハ恐ルベキ死ガ訪レルト」
マイルズとウォードは身震いした。
スピーロが話を続けた。「カク言ウワタシモ、カツテハ不信心者ヲ非難シ、自分ノ血液ヲ全能者ニ捧ゲテイタ。ソンナアル日、ワタシガ意識ヲ失ッテ目覚メルト、ワタシ自身ガ生首ニナッテイタ。
最初ノコロ、ワタシハ悩ンダ。機械ノ身体デハ、愛シイあー=いーだト、ドウヤッテ愛シ合エバイイノカ? ダガ、愛ガ巨大ナ欲望ダトシテモ、肉体ガモタラス欲望ニ過ギナイコトニ、次第ニ気ヅイタ。肉体ノ死トトモニ、欲望モ滅ビタ。ソノ空白ハ、自尊心ヤ野心ガ、取ッテ代ワッタ。トハ言ウモノノ、人間性ガ完全ニ失ワレタワケデハナク、時ニハあー=いーだノ夢ヲ見ルコトモアッタ。
頭タチノ研究所ハ、想像スラシタコトノナカッタ驚異的ナ知識ヲ、ワタシニ明カシタ。オ前タチノ世界ヲ観察デキタノモ、ソノ一環ト言エル。ワタシハ不老不死モ得タ。神々ノ一員トシテノ崇拝モ得タ。ダガ、ソンナコトガ何ニナル? ワタシノ眼ニハ、同族タチガ生命力ヲ吸ワレ、生殖能力ヲ失イ、徐々ニ滅ビテイクノガ、アリアリト見エタノダ」
スピーロの声は震えていた。「ソノコトニ気ヅイテ、ワタシハ悩ンダ。科学僧タチハ、生命力ニ対シテ、然ルベキ対価ヲ払ッテイルカ? アル日ワタシハ、血液ヲ提供ニ来タ娘ノ顔ヲ見テ、あー=いーだダト気ヅイタ。ソノ途端、神ヲ気取ッテ崇拝者タチカラ生命力ヲ搾取スル連中ニ対シ、憎シミガ湧キ上ガッテキタ。ワタシハ行動ニ移ッタ。ソレガ、ワタシガ頭タチヲ非難シ、人々ヲ率イテ立チアガッタ理由ダ!」
スピーロの声はかすれて消えた。マイルズとウォードはぞっとして話者を見つめていた。少ししてからマイルズが叫んだ。「俺たちはそんな事情は知らなかった! そうと知っていたらこの仕事は引き受けなかったはずだ!」
「ソレデモナオ」とスピーロが頑なに言った。「オ前タチガ多数ノえいぺっくす人ヲ殺傷シタ事実ニ変ワリハナイ。迷信ハ、短期間デハ拭イ難イ。スデニ人々ハ囁イテイル――頭タチハヤハリ神デアリ、雷鳴ヲ駆使スル悪魔ヲ地下世界カラ呼ビ出シタノダト。ソノ怒リヲ解クニハ、再ビ血液ヲ寺院ニ奉納スルシカナイト。
ダガワタシニハ分カッテイル。コノママ兵糧攻メヲ続ケレバ、頭タチハ惨メニ死ニ絶エ、人々ハオゾマシイ吸血鬼カラ救ワレルノダ。ソウナレバ、ワタシモ安心シテ、コノ惨メナ命ヲ自ラ終ワラセラレル。
ユエニ、ワタシノ民ヲ吸血カラ救ウタメニ、頭タチノ使役スル悪魔ガ不死デハナイコトヲ示シテ、士気ヲ保ツタメニ、オ前タチハ群衆ノ目ノ前デ死ナナケレバナラナイ。
ソウダ。オ前タチハ処刑サレル!」
縛り上げられ、成す術もなく、二人は薄暗い小部屋に放り込まれた。マイルズとウォードは自分たちの置かれた窮状について熟慮する時間があった。スピーロは観衆を集めるのに時間を掛けているようだった。アメリカ人たちはひとまず束縛から逃れようともがいたが、その努力はむしろ結び目をきつくしたに過ぎなかった。それから二人は何とか姿勢を変えて、互いの縄を解こうと努力した。トルコでも彼らはそうやって難を逃れたことがあった。だがそれも無駄だった。また、床は滑らかで縄を切れるような突起も見つからなかった。
疲れ果てた二人は遂に大人しくなった。同じ考えが脳裏に浮かんだ。「とうとう年貢の納め時が来たようだ。娑婆を目にできる見込みは無さそうだ」と。傭兵稼業であれば予想されていたことだった。長い沈黙の後、ウォードが口を開いた。
「あいつらが吸血人種だと知っていたら、俺たち、仕事を受けたかな?」
「かもしれん。知っていてもいなくても、行動は全く同じだったかもしれない」とマイルズが答えた。
「だがそうじゃなかったかも」とウォードが何とか肩をすくめようと努力しながら言った。「結局のところ、俺たちはこれまでの仕事と同様、良からぬ体制を維持するために戦ったんだ。程度の問題はあるが、生命力の源である血液を奪うことは、経済的な搾取と同じだからな」
「俺たちの戦いで悪辣な支配者が倒れ、国民が解放されたことだってあっただろう」とマイルズが抗議した。
「まあな。そう考えると口座の数字を見た時に少しだけいい気分になれるな。……だがな」とウォードは悲観的に言った。「今度こそ年貢の納め時だな」
二人は口をつぐんだ。時は無慈悲に過ぎて言った。いつの間にか、アメリカ人傭兵たちは二人とも深いまどろみの中に落ちて行った。そして突然の光で彼らは目を覚ました。暗闇で長時間過ごして来た彼らは目が眩んで何も見えなかった。
「何事だ?」と動転したウォードが叫んだ。
「シーッ!」と女の声が警告した。光に慣れてきた二人の目の前には、驚いたことにスレンダーな若い娘が松明を持って立っていた。彼女は惚れ惚れするほど愛らしく、青みがかかった黒髪はまっすぐと背中に垂れ、額は広く、滑らかな肌の色はエジプト人のように浅黒かった。だがその服装はマイルズが歴史の本で見たことのある古代エジプト人とは似ていなかった。刺繍のある二枚の半硬質な円盤が慎ましい乳房を覆っていた。腕輪と足輪がすらりとした手首と足首を飾り、松明の光できらきらと輝いていた。豪華な材質のスカートが腰から膝下まで垂れていた。小さな足には込み入ったデザインのサンダルを履いていた。松明に加えて、彼女は細身のよく光るナイフを手にしていた。冒険者たちは娘が身動きの取れない自分たちを処刑に来たのではないかと最悪の想像をした。だが彼女の振る舞いが疑念をすぐに振り払った。床に転がった二人に屈み込んで娘は言った。「怖ガラナイデクダサイ。あー=いーだハ、アナタタチヲ害スル意思ヲ持チマセン」
彼女が、スピーロの話していたアー=イーダだった。マイルズとウォードは娘の可憐さの虜になった。娘がやって来たことで二人の胸中には希望が蘇ってきた。麗しい娘は言葉を続けた。その英語は流暢ではなかったが、何とか意志を通じようと娘は身振り手振りをしばしば交えた。だが寺院で修行を積んだことのない二人のアメリカ人にとって、娘の話す英語は一つの奇跡だった。
「アナタタチガ、別ノ世界カラ来タ男タチデアルトイウ話ハ、本当デスカ?」
「
「アナタタチハ、人々ガ頭タチニ血液ヲ奉ジルヨウ、強制スルタメニ来タノデスカ?」
「
「デハ、モシワタシガ、アナタタチヲ自由ニシタラ、コレ以上ワタシノ仲間ト争ウコトナク、自分ノ世界ニ帰ッテクレマスカ?」
二人の傭兵は熱心にうなずいた。
「オオ。ワタシハ嬉シイデス」と娘は叫んだ。「ワタシハ、アナタタチガ死ヌノヲ、見タクアリマセンデシタ」
彼女はマイルズを見て続けた。「ワタシハ今日ノ午後、すぴーろノ前ニ引キ立テラレタアナタタチヲ見タノデス。すぴーろ……ナンテ哀レナ人!」
そう小声で言うと、アー=イーダは二人を縛っている縄を切った。痺れた手足に血行が戻るまでしばらく掛った。マイルズは不安げに聞いた。「この部屋を見張っている人間は何人ですか?」
「十二人デス」と娘は言った。「シカシ彼ラハうぉんぐ=うぉーニ興ジテイマスシ、すーらヲ飲ンデイマス」と、彼女はパントマイムをしながら説明した。「ワタシハ秘密ノ通路ヲ通ッテ、ココマデ来マシタ」と彼女は手をひらひらとさせながら言った。「モウ、アナタタチガ歩ケルノデアレバ、急イデ行キマショウ」
娘はおずおずとマイルズの手を握った。その温かい手触りでマイルズの血潮は急激に滾るようだった。
長い通路を抜けて、彼らは別の部屋に滑り込んだ。彼らは何度も暗闇の中で曲がったので、アメリカ人はすぐに方角が分からなくなった。彼らは二度も思いがけず通行人と遭遇しそうになったが、アー=イーダは大胆にも一隊を物陰に隠すだけでそれをやり過ごした。彼らが通過した場所の多くは人の気配がなく静かで、放棄されているようだった。最終的に彼らは狭い路地にある背の低いドアまで辿り着き、娘は松明の火を消した。
「わたしたちの世界に戻るには、まず頭たちの宮殿に辿り着かないとなりません」とウォードが言った。
娘がうなずいた。「ワタシガ、宮殿マデ案内シマショウ。シカシ、急ガナケレバイケマセン。スグニ、労働者タチガ、集マッテ来マス」
マイルズとウォードは息もつけない戦闘を忘れていなかった。娘は交通量の多い道を避け、黒い、傾いたビルの間のくねくねと曲がる迂回路を案内した。だが突如、薄暗く照明された戸口から松明を手にした緑色人の巨体が現れた。そのゆらゆら燃える炎が逃亡者の姿を照らし出した。
「ホー!」と緑色人は吠え声を上げると、怒り狂った牡牛のようにアメリカ人たちに向かって突進して来た。問答無用で襲いかかって来るのがこの男の性分のようだった。松明が投げ捨てられた。その突進に対抗する術は無かった。武装もしておらず、退路も無いアメリカ人たちは地面に倒れた。その時、戦闘から一歩身を引いていたアー=イーダが、落ちた松明を拾い上げて、まだ火の消えていないそれを巨大な緑色人の背中に押し付けた。悶絶の叫び声を上げて、緑色人はアメリカ人から手を放して背中の火傷を触った。アメリカ人と娘は逃げ出した。
敏捷に駆けるアー=イーダの後に続いて逃げる傭兵たちは、すぐに足をふらつかせた。緑色人の叫びはすぐに背後の闇に消えて行った。「畜生め!」とウォードが喘ぎながら言った。「あいつの悲鳴は町中を起こしてしまうぞ」
天の助けか、道路は宮殿前の大きな広場にすぐ通じていた。広場を駆け抜けた彼らはそのまま頭たちの宮殿に駆け込んだ。その中は事実上、無人だった。
彼らは、アメリカ人冒険者の二人が最初に実体化した水晶転送室を通り過ぎ、廊下の奥の突き当りにある真っ白い壁の前まで辿り着いた。後ろからは追跡者たちの怒声がすでに聞こえ始めていた。ウォードは壁を両の拳で叩いて叫んだ。「ゾーロー! ゾーロー! 俺たちを入れてくれ!」
その時、最初の暴徒が廊下に姿を見せた。
「ゾーロー! ゾーロー!」
音もなく、ぎりぎりのタイミングで壁が開き、彼らはその隙間に飛び込んだ。マイルズはアー=イーダのスレンダーな肢体を半ば抱きかかえていた。壁が彼らの後で閉まり、追ってきた暴徒たちの怒号と足音をシャットアウトした。
円筒形の筐体から突き出したゾーローの禿頭と、彼らは対峙した。アー=イーダは恐れおののいてマイルズにしがみ付いた。他の生首たちもゾーローの後に連なっていたが、どうも様子がおかしかった。巨大な頭部はぐったりと傾き、風変わりな色をしていた目はどんよりと濁って、薄膜が掛ったようになっていた。ゾーローは何とか頭をまっすぐに立てようと努力したが、果たせなかった。彼の様相はまるで幽霊のようだった。
「そうだ」と頭たちのリーダーは弱弱しい声で言った。「頭たちは死にかけている。自分たちが失敗したと報告する必要はない。結局、力に頼れば失敗するのだ。もはや民衆がわれらに血液を奉納する望みはなく、われわれは血液無しでは生きられない。三十万年の英知もこれで終わるのだ」
その声は不明瞭に終わった。
マイルズとウォードはもはや生首たちに恐怖や嫌悪を感じる必要がないことを悟った。彼らの悲劇的な表情を目にし、ゾーローの言葉を耳にしていると、二人の胸中には畏怖と同情の念が湧き上がってきた。この超知性体たちは大洪水の前から生きて来たのだ。シュメールやバビロニアといった古代の帝国の興隆と没落を観察して来た彼らの目は徐々に閉じて行った……。ふいに彼らは理解した。何千年何万年と積み重ねられてきた英知が一日にして失われることの意味を。
突然ウォードは気を失いかけている生首に飛びついて揺さぶった。「ゾーロー! ゾーロー! 俺たちはどうなる? 俺たちは契約どおりベストを尽くしてあんたたちのために働いた。地球に帰してくれ」
ゾーローは返事をするのに多大な努力を払っているのが分かった。「水晶管の部屋に行くのだ」と彼は遂に言葉を発した。「まだ作動する。軌道車の運転方法は先日教えたとおりだ。線路を修復するのだ。水門は自動で開く。軌道車はボタン一つで潜水艦に変わり、海中を進む。報酬は……の中に……」
それ以上ゾーローは何も言えなかった。断末魔の苦しみで、無毛の生首は硬直した。変わった色の目が一瞬だけ輝きを取り戻し、未知の言語がその口から紡ぎ出され、そして止んだ。
不気味な死者たちの部屋から、アメリカ人たちはよろめき出た。そのうち
水晶管の前でマイルズは足を止めた。彼は静かに言った。「アー=イーダ。俺たちは地球に帰る。だが俺は君を忘れられない。決してだ!」
一瞬だけ躊躇して、彼は身体を屈めて娘に素早くキスをした。すぐに彼女はマイルズの腕に抱かれ、情熱的に抱きしめ合った。
「ワタシモデス!」と彼女は泣き叫んだ。「ワタシモデス!」
「彼女が言いたいのは」とウォードが言った。「一緒に地球に連れて行って欲しいってことじゃないのか? どうするんだ?」
「正直言って、俺はこの娘にぞっこん惚れている」とマイルズが答えた。「だがそんなことをして良いものだろうか? 彼女は現在の地球がどんな場所か分かっているんだろうか?」
「何も知らんだろう」とウォード。「だが俺の見たところ、この娘はお前に惚れ切っている。それに、俺たちの脱出の手引きをした彼女がこれから無事で居られると思うか?」
マイルズは首を縦に振り、そして力強く言った。「よし。そうだな。俺は彼女を幸せにすると神に誓うよ」
三人は水晶の部屋に入って行った。
終わり
訳注:挿絵はH・W・ウェッソ (H. W. Wesso) 画。cf.isfdb