審判は下された。迅速な処分だった。クレイグリー船長が法律だった。彼は惑星間航空法の条文に基づき、やるべきことをやったのだ。
「早くここを離れなければ!」と船長はクエンティンに告げた。「あの3人の仲間がプラチナを回収しに近くまで来ていることは、火を見るよりも明らかだからな! こんな場所で戦いになったら勝ち目はないぞ」
「どっちへ行けばいいんでしょう」とクエンティン。「どこかに隠れますか?」
「デリフォンに向かうんだ。長くてきつい道のりだが、助かる道はそれしかない。荷物をまとめろ。運べるものは全部まとめるんだ。出発の前に処刑を行う。」
クエンティンはC-49号の搭乗員および乗客に船長の命令を伝えた。無法者どもに見つかってしまえば、どういう目に遭うかも端的に考えを述べた。C-49号に二度目の遠征隊が出発した。食料や物資――来たるべき強行軍に必要なもろもろの物資――を取りに行くためだ。
ブレイディ、デイヴィ、レイナーに対してごく短い儀式が行われた。急いで掘ったために浅い墓穴の前に、彼らは整列させられた。搭乗員のうち5人が電子ピストルを持って気を付けの姿勢を取った。クレイグリー船長は、てきぱきと、冷静に命令を下した。3人の犯罪者は顔面蒼白で、虚ろな目をして死刑執行人たちを見つめた。
「構え!」
人々は無意識に姿勢を正した。ブレイディはもはや命乞いはしなかった。彼は自分の運命に男らしく向き合っていた。
「狙え!」
5丁のピストルが持ち上がり、5対の目が標的を注視した。緊張の一瞬だった。運命の言葉が発されるまでの間は永遠に続くかのように思えた。明らかに、ブレイディは緊張に耐えきれないように見えた。彼は目を閉じた。身体がゆっくりと左右に揺らぎ始めた。
「撃て!」
5本の青い光線が発射された。3人の男は硬直し、そして墓穴に転がり落ちていった。彼らの生命は、その犯罪への罰として没収されたのだ。亡骸の上にスコップで土がかぶせられた。彼らが世間を脅かすことはもうない。だがその一味はまだどこかにいるのだ。
船長は、搭乗員6人と乗客9人を率いてデリフォンへと出発した。どう考えても危険で困難な行程だった。金星には一度来たことがあったものの、わたしはこの黄色いジャングルについてはほとんど何も知らなかった。前回雲の惑星に来た際、ほとんど植民地から出ずに過ごしたからだ。
初日、わたしたちは密生したジャングルと陰鬱な沼地を踏破した。平坦な地形が続いたが、時おりごつごつした岩山が地表から突き出しているのに出会った。そういうところは迂回して進んだ。川を渡ったり、湖を大きく迂回しなければならないことも何度かあった。道のりは全く捗らなかった。クエンティンは、この調子だと20金星日 訳注1はかかるだろうと見積もりを述べた――デリフォンまででなく、デリフォンの手前にある(と船長が主張している)一番近い人里に行き着くまで。
身の毛もよだつような原住動物が常にわたしたちを脅かした。一行は絶えず見張りを怠らず、襲ってくる怪物どもを電池の保つ限り撃ち殺した。もちろん取り逃がすこともあった。怪物の多くは、かつて中生代の地球を闊歩していた恐竜より巨大だった。やつらは恐ろしく頑丈で、撃ち倒すには電子ピストルの電圧を最大まで上げる必要があった。
C-49号の生き残りたちは、衣服はやぶれ、アザとひっかき傷だらけの情けない外観になった。そして大半の者が意気消沈していた。だがクレイグリー船長は強い意志で一同を指揮し、デリフォンの方向へと隊を進めた。彼は
その晩、わたしたちは野営の準備をした。クレイグリー船長は焚火の明かりに反対した。われわれを探し回っている無法者を磁石のように引き付けてしまう、そう主張した。クエンティンは上官に対して人当たりのいい口調で反論した。焚火はそこら辺をうろついている獣を寄せ付けないためにどうしても必要であると。そして、金星上空を飛ぶ巡視船は原住民の焚火を目にすることは珍しくない、一度のパトロールで一ダースの焚火を見ることもあるらしいと付け加えた。
夜の間、交代で見張り番を立てた。楽な仕事だった。夜行性の獣は火を恐れてか、うなり声を上げるばかりで、ほとんど近づいては来なかった。たまに近づいてくるだけの勇気を奮い立たせたやつがいても、明るみの中に出てくるそばから撃ち倒せば事足りた。わたしは瀕死の怪物の吠え声で何度か目を覚ました。不規則に起こされるのはなかなか辛いものだと、わたしたちは知った。最初の夜はひどいものだった。
翌朝、一行は重い足を動かして、密生した黄色いジャングルを再び歩き始めた。徐々に地形は変わっていき、小高い丘がちらほら見られ、木は少なくなっていった。谷間には沼が広がっていることが多かった。そんな沼の一つを超えようとしている時、よどんだ水面に灰色の霧がかかっているのに気づいた。蒸気のようにも見えず、これまでに誰も出会ったことがないものだった。先頭を務めていた搭乗員が沼の水深を測り、結果、一同はねばつく泥の中に踏み込んだ。そうこうするうち、先頭の男が灰色の霧に包まれた。男はほとんどあっという間に黒くなり、苦悶しながら窒息死を迎えた。別の搭乗員が仲間を助けようと駆けだしたが、クレイグリー船長はやめるように命令した。
「やめろ! もう遅い! 助けようがない!」
「何ですって?」
「天然の毒ガスだ! 沼地から湧いていたんだ。一息で20回は死ねるだけの毒性がある」
濃い霧から身を遠ざけようと、人々は本能的に後ずさりした。
「どうやって進みましょう?」とクエンティンが言った。
「宇宙服のヘルメットをかぶれ!」と船長が指示を出した。「吸い込まなければ害はないはずだ」
手本を見せるべく、クレイグリー船長はヘルメットをかぶって霧の中に先陣を切った。船長は振り向いて、フェイスプレート越しにこちらを見て、手招きした。これまで乗客の大半は重たい宇宙ヘルメットを持ち運ぶという船長の判断に不満たらたらだったが、情勢が変わった。宇宙ヘルメットは大いに役に立ち、クレイグリー船長は猛毒の瘴気の中に平気で立っていた。人々は船長の先見の明に感謝した。
わたしたちは不運な男の亡骸を運んだ。彼は偶発事故から皆を守ったのだ。亡骸は次の丘の頂上に埋葬された。
二晩目、わたしと搭乗員の一人に見張りの役が回ってきた。枯れ枝と枯れ葉がたっぷりあったので、焚火の燃料には事欠かなかった。いつでも足せるように、ストックを山積みにしておいた。見張りの相方はグリンステッドという男で、わたしが焚火の面倒を見ている間、巡回に出かけた。
岩がちょっとした防塁のようになっていたので、一同は安心して眠りについたようだった。わたしは、貴重な金属が入った箱に目をやった。クレイグリー船長とクエンティンがプラチナを守るように箱の両側で眠っていた。出発するまでの間、全員が互いの目の届く範囲を離れずにいた。
しばらくしてグリンステッドの声がした。「ハンテル! ちょっと来てくれ!」
急いで走って行った。グリンステッドは野営地のはずれあたり、焚火の明かりが辛うじて届くくらいのところに身をかがめていた。彼は無言で足跡を指さした。裸足の人間の足跡に似ているが、6本指の足跡だった。
「原住民だ!」わたしは叫んでしまった。
グリンステッドはうなずいた。「しかも出来たてだ。船長を起こしたほうがいいかな? 金星の原始人どもは、大人しいときは大人しいが、一度暴れ始めると……まるで悪魔だからな!」
わたしは相方の怯えた目を見つめ、どうしたものか考えた。そして意見を言葉にしようとした時、寝ていた連中の間から叫び声が上がった。
野営地はすぐに大混乱に陥った。衣服の代わりに自前の滑らかな毛皮を身に付けた人影が、荷物を積み重ねてあったあたりから飛び出して、ジャングルに逃げ込んだ。全員が目を覚まし、地球人の叫び声や罵り声と、金星原住民の不気味な吠え声が混じり合った。落ち着きを取り戻したわたしは、茂みに駆け込もうとしている原住民の一人に発砲した。しかしちらつく灯火のせいか、命中はしなかった。
その時この晩で最も驚くべきことが起こった。一人の男――普通の服を着た地球人――が原住民と一緒に逃げていき、ジャングルの闇の中に消えていったのだ。クレイグリー船長もわたしの隣でその男を目撃した。誰にも一発も撃たれる前に、男の姿は見えなくなった。最初わたしはその男がわたしたち一行の誰かかと思った。だが原住民と一緒に逃げていったことが、その仮説はすぐに否定された。
「これは一体どういうことだ?」クレイグリーが早口で言った。
「荷物ですよ」とクエンティンが食料やその他の物資が散らばっているあたりを指さして言った。「やつら、荷物を盗みに来たんでしょう」
「あの人間は?」とわたし。
「裏切者さ!」
クレイグリー船長は首を横に振った。「妙だ。全くわけが分からんぞ」
荷物を点検したが、無くなって困るものはほとんど残っていた。合成食品の箱が数個無くなったのと、搭乗員の一人が電子ピストルを失った程度だった。他のものは全て無事のようだった。船長は見張りの人数を3倍に増やし、残りの人員は再び眠りについた。その夜は何も起こらないまま、朝になった。わたしは裏切者のことが気になって仕方がなかった。金星の野蛮なジャングルに駆け込んでいくその姿は、焚火の明かりでちらりと見た限りでは、何となく見覚えがあるように感じたからだ。
食料と銃が盗まれたことは、原住民の仕業と考えても辻褄は合う。しかし、人間の差し金だとするとプラチナが盗まれなかったのはなぜなのだろう? わたしたちがプラチナを運んでいることを知らなかったとしか思えない。
陰鬱な朝が来た。空を覆う永遠の雲のせいで、金星にはすがすがしい朝は来ないのだ。わたしたちはだいぶ近くなった(とは言ってもだいぶ遠い)デリフォンに向けて出発した。ありがたいことにジャングルは平原へと変わっていった。地形には多少の起伏があり、丘や小山もあった。平原を見渡すと、雑木林が点在していた。とは言え開けた地形が多いので、物陰から急に動物が襲いかかってくる心配は少なかった。このまま生き延びられる可能性はかなり高まってきた。
昼ごろ、南から宇宙船が巡航して来て、わたしたちの上空を飛び去って行った。クレイグリー船長は狼狽したように見えた。
「やつらだ! 戦闘準備!」
少しの間、乗客たちは恐慌状態に陥った。まさに烏合の衆という有様だった。混乱を収めるべく、クレイグリー船長が命令を下した。
「林に隠れろ! こっちは武装しているんだ。敵が来たら、充分引き付けてから撃て」
わたしは、船長の決然とした物腰は表面だけではないかと疑った。船長もわたしも、勝ち目が薄いことを認識していた。宇宙船がわたしたちの真上までやって来た。いちおう陣形を整える程度の時間はあった。クレイグリー船長とクエンティンは、一同を最善と思われる陣形に整列させた。そしてわたしたちは金星の無法者たちに何とか先制攻撃を加えてやろうと、じっとその場で待った。
宇宙船は数百フィート離れたところに着陸した。わたしたちが林に退却するところは一から十まで観察されていたのだ。数人の男が船から降りて、ゆっくりと、油断なくこちらへと近づいて来た。
「そこで止まれ!」と船長が隠れ場所から怒鳴った。
「お宝を持って出てこい!」敵のうち一人が甲高い声で叫んだ。「さもなきゃハチの巣にするぞ!」
クレイグリー船長の返事は、電子ピストルの銃口からほとばしる青い光線だった。精密射撃をするには距離が遠かったが、光線は敵をかすめた。無法者たちは踵を返し、自分たちの宇宙船へと逃げて行った。わたしたちは敵の次の出方を窺った。戦いがこれで終わりでないことは分かっていた。
宇宙船が飛び立ち、わたしたちが隠れている林の上空を旋回した。C-49号の生存者たちは致命的になり得る爆撃を予期して身を固くした。しかし爆撃はなかった。クレイグリー船長は拍子抜けしたようだった。殺すつもりなら簡単に殺せることを、分かっていたからだ。
宇宙船はわたしたちの上空200フィートほどの高度で滞空し、ゆっくりと旋回をしていたかと思うと、突然4つの物体をこちらの急ごしらえの防衛拠点に発射して来た。発射体は魚雷のような形状をしていた。しかし形から予測されるような爆発は起こらなかった。発射体は頭から地面に突き刺さった。理解しがたい攻撃だった。船長も困惑していた。
「不発ですかね?」クエンティンが船長の心中の質問に答えるかのように口を開いた。
「かもしれんな」とクレイグリー船長。
一方でわたしは高速で思考していた。上空の宇宙船を見て、安易に狙撃されないように遮蔽物の陰に入った。船長に向き直って、思いついた作戦の概要を説明した。
「わたしが出て行きます。それで……」
「命を粗末にするんじゃない!」と船長は大声を上げ、わたしの腕を捕らえた。「いま遮蔽のないところに出るのは、飛んで火にいる夏の虫だぞ」
「ここにいても死ぬのは同じです」わたしは反論した。
「そうとは限らん」船長は揺るがなかった。「やつらが距離を詰めて来ないのは、何らかの理由があってのことだ。自分で気づいていないだけで、こっちには何かアドバンテージがあるはずなんだ」
「見ろ!」とクエンティンが何かを指さして叫んだ。
発射体だった。この場所からだと4つのうち3つが見える位置にあった。よく分からないが白熱しているようだった。その時、宇宙船からギザギザの電子ビームが発射された。発射体の一つが即座に発光し、玉虫色の光線が他の発射体へと走った。光線はチカチカし、曲がりくねり、分岐し、突進した。
「稲妻だ!」と船長が絶叫した。「やつら、稲妻のフェンスでわれわれを取り囲みおった!」
「閉じ込められちまった。ネズミ捕りのネズミみたいにな!」
「やつら、どうするつもりでしょう?」
「分からんな。遊び半分でなぶり殺しにするつもりなのかもしれん。ここまで手間暇をかける理由は他に思いつかん」
宇宙船が3回、電子汽笛を鳴らした。少し間をおいて、再度3回。わたしはクレイグリー船長がどうするのかと思い、船長をじっと見つめた。彼は迷っているように見えた。わたしは不安になり始めた。
「この電気障壁を突破するのは絶対に不可能です」とクエンティンが言った。「やつらは好きなだけ俺たちをここに釘付けにしておけるわけです」
「それは分かるが、なぜそんなことをするんだろう?」
クエンティンは肩をすくめた。「分かりませんね。プラチナが目的なら、俺たちを皆殺しにして、物だけ回収すれば済む話なのに……」
訳注1:金星の自転周期が判明したのは1962年。本作では地球とさほど変わらない設定の模様。